習慣:劣等感を捨てて、新しい習慣を創る

チョウの世界

sanagi=自覚・受容・習慣・実行・成長・自立

「人生哲学:サナギ(sanagi)の意味」でも紹介しましたが、イモムシがその時期を知って自らサナギになり、チョウへと生まれ変わっていくように、私たち人間も自分で自分を新しく生まれ変わらせることができます。

その、自分を新しくプロデュースするプロセスとして、「s・a・n・a・g・i」があります。

【自覚】s:self-awareness
【受容】a:acceptance
【習慣】n:new habits
【実行】a:action
【成長】g:growth
【自立】i:independence

「自覚」、「受容」に関しては以前投稿したので、今回は「習慣」に関して考察してみたいと思います。

「s・a・n・a・g・i」の「習慣」は厳密に言えば、「new habits」、つまり「新しい習慣」です。

地を這いながら葉っぱをむしゃむしゃかじり、空を飛ぶなんて夢にも思わない時代から、サナギ(蛹)を経て、全く新しい世界へと入っていくのですから、イモムシ時代の習慣は完全に捨て去っていかなければなりません。

ここで、マクスウェル・マルツ氏著『潜在意識が答えを知っている!』から少し引用してみます。

潜在意識が答えを知っている!

自覚していようがいまいが、誰でも自分についての心の青写真、つまり自己イメージというものをもっている。それはぼんやりしていて、つかみどころがないように見えるかもしれない。そもそも、意識的に把握できるものではないのかもしれない。

しかし、本当は細部に至るまでできあがったものとして存在しているのだ。この自己イメージは、「私はこんな人間だ」ということについての自分自身の認識であり、自分に対する思い込みで成り立っている。

自分に対する思い込みの多くは、とくに幼児期の自分に対する周囲の反応といった過去の経験から無意識に形成されていく。さらに成功と失敗、屈辱や勝利などを通じて、「自己」あるいは「自己のイメージ」が心の中に形成される。

こうして自分に対する見方や思い込みがイメージとして形成されると、本人にとってはそれが「真実」になる。そして、ほんとにそうかと疑うこともなく、まったくその通りであるかのように振る舞いだす。

つまり、自己イメージというのは、達成できること、難しいことや簡単なこと、さらには自分に対する他人の反応までも、コントロールしてしまう。

細かく言うと、自己イメージによって常にあなたの行動や感情、態度、さらには技能さえもが支配されるということだ。要するにあなたは、自分でこうだと思っているタイプの人間になりきってしまう。

そのため、努力しようが意思の力を使おうが、どうしても自己のイメージと違った振る舞い方ができなくなる。困難なことを、ただ歯を食いしばって成し遂げようとしてもうまくいかない。意思の力だけでは解決できない。解決するには、自己イメージの操作しかないのである。

自分ことを「失敗するタイプの人間」と思っている人は、どんなに向上心や意思の力があったところで、せっかくチャンスが訪れても、失敗する手立てを見つけてしまう。

また、自分が不当な扱いを受けていると思っている人は、いわば「苦しむ運命にある」人で、必ずその思い込みを裏付けるものを見つけてしまう。

こうした例はいくらでも挙げられるだろう。ゴルフ、セールス、スピーチ、ダイエット、人間関係などなど、とにかく自己イメージの影響は絶対で、広範囲にわたっている。

自己イメージは人格のすべて、さらには環境を形成する「下地」となっている。したがって、私たちのあらゆる経験が、自己イメージを裏付け、強化する。こうして、よいイメージにせよ悪いイメージにせよ、めぐりめぐって定着してしまうのである。

 

「習慣」を考えるときにこの「自己イメージ」の考え方はとっても重要になってきます。

私たちは小さい頃から親や兄弟、その時の環境によってすり込まれた自分に対するイメージを持っています。

たとえば、
自分は運動神経が鈍い
人前に立つと緊張して何も言えなくなる
自分には営業は向いていない
何をやっても長続きしない

など、特に劣等感の自己イメージは、私たちが人生を歩んで行く上で、大きな足かせとなってしまう可能性があります。

もう少し同書から引用してみます。

私たちが劣等感を抱き、挫折するのは、実力や知識が実際に劣っているという認識からではない。劣っていると感じるためなのだ。劣っていると感じてしまう理由は、ただひとつーー自らの基準ではなく、誰かほかの人の基準に照らして自分を判断しているからである。

そのように判断を下せば、自分が一番になれるはずがない。にもかかわらず、私たちはほかの人の基準に達してなければならないと思い、信じ、決めてかかってしまう。

自分が劣っているという感情は、この間違った前提から生まれる。この間違った前提をもとに、「論理的思考」と感情のシステムが成り立っている。

自分は劣っているからだめだと思っている場合、それを解決するためには、自分をほかの人に劣らず立派な存在にしないといけないと考えるようになる。そして立派だと思われるために、自分を優位に立たせようとする。つまり劣等感を抱いていると、優越感を求めることに必死になる。そのため、常に自分のミスを複雑にとってしまう。

どの人間も一個のユニークな存在につくったのだ。ちょうど、どの雪片も一個のユニークな形状としたように。

また必死で優位に立とうとするから、余計に悩んでイライラが募り、ときにはそれまでかかったこともないノイローゼになることもある。その結果、さらに惨めな気分になり、「頑張れば頑張るほど」惨めさが増していく。

そのジレンマに陥らないためには、劣っているのと優れているのとは、一枚のコインの画面と思えばいい。そしてコインそのものが見せかけと気づけばいい。

あなたについての真実は、こうだ。

あなたは、「劣って」はいない。
あなたは、「優れて」もいない。
あなたは、ただ「あなた」であるにすぎない。

神は標準的な人間などつくらなかったし、ある人間を指して「これは標準だ」とも決めつけなかった。

 

日々、人間関係の中で生きている私たちは、「他人との比較」によって自己イメージをつくりあげてしまいがちです。
しかし、ほかの誰も「私」にはなれないし、「私」自身もほかの誰かになることはできません。

他人に比べて、運動神経が鈍かろうが、背が低かろうが、家庭環境が悪かろうが、今すぐそういう他人と比較した思い込みや劣等感を捨てて、全く新しい思考の習慣をつけていくようにしてみましょう。

新しい自己イメージや習慣はリラックスした状態から生み出されます。
その一日がどんなに忙しい一日だとしても、敢えて15分間、自分を造りかえていく時間をとりましょう。

それがまさしくサナギる時間です。

瞑想やじっくり計画をたてたり、ウォーキングしながらリフレッシュするのもいいと思います。

曇っていた思考に陽光がさし始め、真っ青な空が現れてくるような感覚に

大宇宙の中に身を置いている「私」、かけがえのない、そして、何物にも代え難い存在であるということを認識しながら、深くリラックスしていくと、おもしろいようにどんより曇っていた思考に陽光がさし始め、真っ青な空が現れてくるような感覚になってくるはずです。

今まで自分が決めつけてきた否定的な内容や小さな枠組みをとっぱらい、無限に広がる宇宙のような寛容な心で自分自身を包み込む、そんな時間をつくることによって、理想的なまったく新しい自己イメージを創り上げていくことができます。

「習慣」とは、行動も重要ですが、まずは思考です。何かの刺激があったときにそれに反応するときの思考の習慣が変わってくると、人間関係をはじめ、自分を取り巻く環境が驚くほど良い方向に向き始めるはずです。

そういういい習慣がついてくると、良いものをどんどん引き寄せるようになり、結果として全く新しい自分に成長していくようになっていくのです。

もちろん、何十年もの間、私にべったりとこびりついてきた古い習慣を脱ぎ捨てるのは容易なことではありません。
でも、生まれ変わるという信念を持ちながら毎日続けることで、確実に変わっていくことでしょう。

最後に、このブログでよく引用するマハトマ・ガンジーの言葉を添えたいと思います。

思考のすごい力

マハトマ・ガンジーの言葉

信念が変われば、思考も変わる
思考が変われば、言葉も変わる
言葉が変われば、行動も変わる
行動が変われば、習慣も変わる
習慣が変われば、人格も変わる
人格が変われば、運命も変わる

 


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4 thoughts on “習慣:劣等感を捨てて、新しい習慣を創る

    1. 自分を変える方法@上田さん、
      コメント、ありがとうございます。
      サナギの生態と、6段階の「s・a・n・a・g・i」がきれいに符合したので、それに沿って、色々書いております。
      ブログ、ゆっくり読ませていただきます☆

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