米国留学時代の思い出・パート3

ディズニーランドの夕陽

ディズニーランドの想い出

8日から、二期制の秋休みに妻の里帰りもかねて東京に遊びに来ていた息子二人は、今朝、元気に田舎に帰っていきました。
小学二年生と幼稚園児の二人は、好奇心旺盛で、人混みの中でも親よりもどんどん先に突き進んで行き、何度も迷子になりかけ、ひやひやものでした。

昨日はかねてから念願のディズニーランド。
朝起きたときは、行くのさえもどうしようかと思うほどの土砂降りで、どうなることかと思いましたが、結局ほとんど傘は使わず、パレードの場所取りでは日傘に使うほどの天気に恵まれました。
今回は留守番のお姉ちゃんたちのディズニーランドのお土産もちゃんと買って、おじいちゃんのお墓参りも行けたし、色んな形の電車や新幹線も見たし、いい想い出として刻まれた3日間だったと思います。

さて、今回は、
アイデンティティ:米国留学時代の思い出
米国留学時代の思い出・パート2につづいて、パート3。

前回はグランド・キャニオンとビリヤードのお話でした。

今回は、裏のバイトのお話を少しだけしようかなと思っています。

アメリカへは留学目的で行ったのですが、好奇心旺盛な私は、学生時代にやっていた魚屋の仕事を試したくて、リトルトーキョーにある大きなジャパニーズ・マーケットでバイトをすることにしました。

I-20という学生ビザで行っているので、もちろん働くことは禁止ですが、そこの責任者の日系人が私のことをとっても気に入ってくれて、秘策で雇ってくれたのです。(ないしょ)

Tofu

そこではすぐには魚を扱わずに、まずは豆腐(Tofu)を売ることから始めました。
豆腐のコーナーに立って、試食販売をするのですが、お客さんとしてはまだ豆腐のことをよく知らないアメリカ人やチャイニーズのほうが多く、まだほとんど英語がしゃべれない私にはいい訓練になりました。

These are made by soy beans.
This is very delicious and good for your health!
You can have them with soy source.

とかなんとか言いながら、笑顔を振りまいていると、いつの間にか10人くらいの英語ばっかりしゃべる人たちに囲まれてしまい、ドキドキしたのを思い出します。
それがまた面白いくらい売れに売れて、アメリカの日本食ブームに火をつけたきっかけは私じゃないかと勘違いするほど楽しかったです。

しかも、それまでは特に豆腐ってそんなに好きな食べ物ではなかったのですが、豆腐の良さをあまりにも熱心にアピールしたので、その時を境に大好きになってしまいました。

その豆腐売りが1ヶ月ほど続き、やっと日本から持ってきたマイ包丁を握る日がやってきました。

魚の王様、まぐろだー!

マグロの解体ショーです。
マグロといっても、刀のような包丁がないとさばけない代物ではなく、少し小さめのものです。

これは月に一度のイベントとしてやりましたが、毎回大盛況で、とても楽しかったです。

ところで、ここでも英語以外にいい勉強になったことがあります。

そのジャパニーズ・マーケットのバックヤードで魚を扱う人たちは南米系や韓国系の人が多く、日本人は主任の日系人しかいません。

最初のあいさつの時に、その南米系の人に、

Hi! Nice to meet you.
My name is ○○○(長い日本語名).
Just call me Joe.

と、一通りのあいさつをした後、

Where are you from?って何気なく訊いたら、
すごくうんざりした顔で、
I’m American.
I was born in United States.

って言われたのを今でも忘れません。

これは一種のカルチャーショックでした。
アメリカ人というと、白人か黒人というイメージしかなかったので、それ以外の人は外国人と決めつけてしまっていたのです。

彼はその後、諭すように言ってくれました。
「ジョー、日本人はみな、我々ラテン系を見たら同じ質問をする。おまえも同じだった。アメリカにいる人はみなアメリカ人だと思った方がいいよ」
彼と仲よくなった後で聞いた話では、彼の両親はメキシコから移民してきたとのことでした。

アメリカン・ミー

実はこの時、その友人から是非見たらいいって言われた映画があります。それが「アメリカン・ミー」という作品でした。アメリカのメキシカン・マフィアの実体を描いた作品だそうですが、彼らの苦悩や葛藤がよくわかるそうです。
今このブログを書いていて思い出しました。近々観てみたいと思っています。

考えてみればアメリカでは、普通に街を歩いていても、何度もアメリカ人から道を尋ねられました。

日本では考えられないことです。
東京で道に迷って、西洋人に声をかけますか?
あり得ないことですよね。

人種のるつぼ、とはよく言ったもので、これがアメリカの常識、日本の非常識というのを思い知らされた出来事でした。

私は日本で生まれ、日本で育ったので、日本人というアイデンティティをしっかり持っていますが、その観点だけで生きていこうとすると、いつまでたっても井の中の蛙になってしまいます。

日本人というアイデンティティを持ちつつも、それ以前に人間であるということを忘れるべきでないし、人種や民族で括(くく)ろうとしたり、排他的になってしまってはいけないなと痛感しました。

今回、息子たちが東京にあがってきて、あちこち行く中で、田舎ではめったに見ることができない西洋人や、ホームレスの人たちを見ながら私に色々話しかけてきました。

「お父さん、東京って外国人がいっぱいいるね」
「お父さん、あの人たちはなんであんな汚いの?おうちがないの?」

そのたびに、色々な話をすることができました。

「もしかして、外国人の顔をして日本語しかしゃべられない日本人かもしれないよ」
「アメリカなんか行くとね、もっともっとたくさんの国からたくさんの人たちが集まってるよ」
「世界中にはね、おうちがない人がたくさんいるんだよ」
「家族がいる、おうちがある、ご飯が食べられるだけでも幸せなんだよ」

そのたびに、目を丸くしたり、遠くを見る目をしたり、うんうんってうなずいたりしてる息子たちを見ていると、もっともっと世界を見せてあげたいなと思った次第です。

久しぶりに東京で家族と過ごした約3日間。
やや燃え尽き症候群的な感覚の中、留学時代の思い出とともにまとめてみたのでした。

今回も、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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