選択と決断と羅針盤(コンパス)

10月も終盤に近づき、街の銀杏の木がほんのり黄色く色づき始め、
朝晩のひんやり感もぐぐぐーんと増してきました。
「クリスマス」、「年賀状」なんて言葉がチラホラ聞こえてくると、ちょっと焦る気分になるのは私だけじゃないと思います。
月日の経つのは早いものです。

さて、今日のタイトルは「選択と決断と羅針盤(コンパス)」です。
以前、「決断:心を決める」では「決断」の話を、「時計と羅針盤(コンパス)と感情」では「羅針盤(コンパス)」の話を投稿しましたが、今回はまた別の角度から考察してみたいと思います。


何かの感情や、思いが最高潮に達したとき、「もう我慢できない!行動に移す!」というのも一つの選択と決断だし、「今は肉体的、精神的に正直大変だけど、波風を立てずに流れのままにまかせるか!」というのも一つの選択です。

いずれにせよ、過去の自分を振り返ってみれば、さまざまなシチュエーションで「選択」と「決断」をしながら人生を歩んできているはずです。

今日はどの洋服を着ていこう!からはじまって、大学に行くか行かないか、どの会社に就職するか、どっちと結婚すべきか、とか、、
分岐点に立って、右に進むか左に進むかで、それ以降の人生がガラリと変わるほどの選択と決断を下さないといけないことがけっこうあるものです。

ここで、マーフィーの法則で有名な、ジョセフ・マーフィー著『マーフィー 無限の力を引き出す潜在意識活用法』から引用してみます。

成功する人にはみな、男女の例外なく、ある際立った特性が備わっています。それは、すばやく決断を下し、達成するまでやりぬく脳力です。

ある著名な企業家がこんな話をしてくれたことがありました。五十年間、商工業の分野でたくさんの人たちと付き合ってきたが、失敗する人に共通して言えることがある。彼らはなかなか決断を下すことができない。ぐずぐずと決断を先送りにし、決断を下しても最後までやり抜こうと頑張ることができないと言うのです。

論理的に決断すること、そして一度決断したことをやり抜くことによって、混乱した心や事態を収拾するのにけっして手遅れということはありません。そのことをよく覚えておいてください。

決断を下すことを拒めば、自分についての決断を周囲やその時の状況にゆだねることになるのは言うまでもありません。義理の母親や義理の父親、あるいはあなたに代わって決断を下そうとする第三者に判断を任せることになるのです。自ら考えなければ、ほかの人の考えに支配されたり、大衆心理に流されたりすることになります。

自分の考えを選択しない人は、大衆の意見や「世間並み」という発想に基づいて選択してしまいます。もしあなたの考えの中に、恐れや不安や心配といったものが少しでも混じっているならば、あなたは自分で考えてはいけません。

大衆の意見や世間並みという発想、民族性という言葉で括られる固定観念などに思考をゆだねてしまっているのです。

本当の思考は恐れや心配とは無縁です。技師がそうするように、原則となるもの、永遠不変の真実やいつまでも代わらない真理に基づいて考えるのが、本当の思考です。あなたは思考を建設的に、論理的に積み上げることができます。

他の人には何が一番よいかなど分かりません。自ら決断を下すことを拒むことは、自らを否定するのも同然です。そのような人は、弱く劣ったものの立場から物事を考えるしかありません。

自分を認めましょう。あなたは選択する意志を持った存在です。あなたがこの世に生まれてきたのは選択するためです。「仕えたいと思うものを、今日、自分で選びなさい」。真実であること、愛すべきこと、良識的なこと、純粋なこと、誠実なこと、尊いことを選びましょう。

これらを選択して、心に留めることを決断し、その決断を貫き通しましょう。

真実であることや愛すべきこと、尊いこと、神聖なことを精神の拠り所として生きるとき、あなたは安らぎを得られます。否定的な思いや非道徳的な思い、破壊的な思いにとらわれて生きれば、あなたの人生には悪いことが現れてきます。視点を変えてみましょう。

 

わたくし事で恐縮ですが、
以前、貿易商社に勤めていたときに、8年ほど社長秘書をやっていたことがあります。
その時は、社長にくっついての海外出張が多く、国内外合わせて、多いときで年間70回ほど飛行機に乗っていました。

当時はどこに行くにも、ノートPC、携帯プリンタ、一眼レフカメラ、ビデオカメラ、ボイスレコーダー、コピー用紙などなどを持ちながら移動していたので、社長をはじめ周りの人からは、「動くオフィス」と言われていました。
携帯電話も、日本のもの以外に、中国、韓国、アメリカの現地用の端末も持っていたくらいで、今思っても、「よくやってたよな、自分!」と思うような生活をしていた時期です。

長いときは、うちに帰れない日が、3ヶ月以上続いたときもありました。
また体調も最悪で、ずっと微熱があり、気管支炎からくる咳がひどく、このままだと身も心もダメになると深刻に悩みました。

その思いがピークに達したときに、上記の引用にあるような事柄を真剣に考えてみたのです。

真実であること
愛すべきこと
良識的なこと
純粋なこと
誠実なこと
尊いこと

本当に大切なことは何かということを突き詰めていったときに、果たして自分はこのままここで身と心を削りながら仕事をする価値があるのだろうか?と、壁にぶち当たったのです。

それで家族や上司、同僚と対話をしながら熟考した上で、最終的に「辞める」と決断したのです。

社長には、4日間の説得と慰留をされ、途中くじけそうになりましたが、やはり私の決意は固く、引き継ぎの3ヶ月間を経て正式に辞めることになったのです。

辞めると決めた時点で、次の仕事なんかは全く決まっていません。
ただ単にそこから逃げ出したかっただけかもしれません。
でも、たとえそうだとしても、そういう感情が高まったときは、それはそれとしてとっても意味があることだと思うのです。
その思いに真剣に向かうかどうかが重要なのです。

収入のこと、家庭のこと、人間関係のこと、、
私なりに身もだえしながら悩んで、考えて、、
それで自分で決断した結論に対して、きちんと自分で責任を持っていく!
私の場合、独身じゃないのでなおさら悩み抜きました。

もしこの時に、安定した収入や地位のみを考えて、そのまま残っていたなら、良くも悪くも今とは全く違う私や家族の環境になっていたことでしょう。
でも、自分でよく考えないで、誰かの言われるがままに決断してしまっていたら、その結果が悪く出たときに、他人のせいにしてしまう可能性もあります。

上記のような人生を変えてしまうほどの大きな出来事ではなくても、大小さまざまな選択や決断は、身近なところにたくさん転がっています。

たとえば、どうしても愛せない人に対して、「この人を愛そう!」という道を選択し、決断するとしましょう。
一週間後にはその人との関係が全く違うものになっているかもしれません。

同じ事柄でも、次のように決断することもできます。
「この人とは馬が合わない。お互いにとっても良くないから、この人の前から潔く去ろう」
それはそれで、全く違う視野が開けてくる可能性もあります。

「馬が合わない」とか「嫌い」という感情は、善悪で評価できるものではありません。
そういう思いが沸いてくるのは、人間の防衛反応としての当然の流れです。
また、そういう思いをもつ自分に対して自己嫌悪に陥る必要もありません。
生きている証拠です。そんな自分を自分で受容することが大事だと思うのです。

また、身近なところでは、
ずっと気になっていた汚れた台所、、
「今からこの台所をピッカピカにする!」と決断したとしましょう。
たぶん3時間後には見違えるほどきれいになっていることでしょう。
逆に決断しなかったらどうでしょう。
次に、「掃除をする!」と決断するまで、台所は汚れており、心もスッキリしないまま過ごすこととなるのは間違いありません。

どちらかを選択して、決断するということは、どこまでも自分自身にゆだねられています。
犯罪でない限り、善悪も優劣もありません。
それを選ぶ動機が正しく、結果に対して自分で責任をとりさえすればいいのです。

同書から続きをもう少し引用してみます。

思いが私たちの主人です。自分たちの身に何が起きるかを決めるのは、私たちの決断なのです。あなたの中には素晴らしい力があります。今、それを使い始めてください。

全ての人間の心の中にあるただ一つのものです。「はい」とうなずき、決断しましょう。魂を癒し、祝福し、励まし、高め、尊いものにする全ての考えと真実に対して、「はい」と肯定してください。そして、すべての後向きな考えには「いいえ」と答えましょう。

あなたの心に恐れを染み込ませ、あなたを低い方へと引きずり落とし、あなたの心に疑いを生じさせるすべてのものをきっぱりと、前向きに、無条件に、否定するのです。これらの暗示はすべて拒否してください。

もし動機が正しいのなら、あるいは正しいと思えるのであれば、決断を下しましょう。「人は心の中で考えている通りのものになるからです」。あなたの心には潜在意識があります。それは情緒や感情が宿る場所です。

今、心の中で抱いている考えやイメージがどのようなものであれ、感情の本質は、その基盤、すなわち鋳型から生まれてきます。思いと感情があなたの運命を決めます。

思いと感情があなたの運命を鋳型に入れ、人生の全てを形作るのです。あなたが真実であると考え、感じるものはどんなものであれ現実になります。ぜひ決断を下してください。

 

昔のように農家のせがれは農家を継ぐしかないとか、親が漁師であれば小さい頃から船に乗るなんていう時代は過ぎ去り、今は選択肢がたくさんあります。
職業だけでなく、進学や結婚なども、ネットやテレビで情報があふれる中、選択肢が多すぎて、選びきれない、決断しきれないという逆の悩みもある場合もあります。

そういう中で、重要なのは羅針盤(コンパス)「ビジョン・価値観・原則・ミッション・良心・方向性」です。(「時計と羅針盤(コンパス)と感情」参照)

私たちにはもともと真北を指し示すコンパスが備わっています。
しかし、それが錆び付いていたり、枯れ葉やゴミに埋もれている場合があります。
ですから、日頃からコンパスに磨きをかけていれば、より正確に真北を示してくれるようになります。

人生で、難しい決断を迫られたときに、コンパスに従って決断を下していくことによって、自分自身にとってより効果的に目的地に向かうための道を見つけることができるはずです。

時には「究極の決断」や「苦渋の決断」を迫られるときもあるかもしれません。
今からそれらを想定して、心の準備をしておくなんてことも不可能ではありませんが、無意味です。
その時その時のシチュエーションで、答えも変わってくるかもしれないからです。
結局はその決断の瞬間に、コンパスがより真北を指し示す方向に進むしかないのです。

「今がその瞬間だ!」という人もいるかもしれません。
その時に、耳を澄まして、内なる声に耳を傾けてみてください。
コンパスの指し示す方向を見てみるのです。

実は、自分の内なるコンパスだけでなく、たくさんの強い味方がいることも忘れてはなりません。
もしかしたら、手が届く本棚に、灯台の役割をしてくれる本があるかもしれません。
あるいは、真っ暗闇な海原をまん丸いお月様のようにやさしく照らし出してくれる人が近くにいるかもしれません。

心を落ち着かせ、静かに見渡してみれば、私たちの周りには、ガイドや道しるべがたくさんあることに気づくはずです。

どれかの道を選択し、決断するまではけっこう苦しいかもしれませんが、一旦走り始めたら、もう後ろは向いていられないくらいに忙しくなるかもしれませんし、楽しい世界が待っているかもしれません。

「決断」という言葉の語源は「決めて、断ち切る」ということ。

自分を信じ、余計な雑念を断ち切って選択し、決断を下すところから新しい自分の宇宙の創造が始まりますよ、きっと。


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2 thoughts on “選択と決断と羅針盤(コンパス)

  1. お兄ちゃん、こんばんは。
    ブログではお久しぶりです。
    いそがしくて、じっくり読んで書く時間がなかったの。

    昨日の夜、これからのことを考えていて
    その時、思ったことを
    お兄ちゃんも書いていたのでDejaVuみたいだったよ。

    お兄ちゃん、大変だったんだね。
    おつかれさまでした。
    私も今、体調崩しながら頑張ってるから
    どんなに苦しかったか想像してしまったの。

    私も、もうすぐ大きな決断する時が迫ってる。
    でも今は、これからどう進んでいいのか分からない。
    たぶん、私の意識は目の前のことに集中しているからだと思うの。

    心も体もつらいけど
    投げ出すことができない。
    その人が後悔しないように
    そして後輩達に大切なことを伝えられるように。
    私のやらなければならないことがあるから。

    目の前のことに真剣に向き合うのは
    きっと使命だと思うの。
    それを果たしたら
    新しいところへ自然に目がいくのだと思う。
    今までもそうだったから。

    何かを変えられると思ってるの。
    変えられないかもしれないけれど
    やってみなくては始まらないから。
    だから私にその役割が与えられた。
    そう思って、もう少し頑張ることを決断しました。

    うれしかったのは
    究極の決断に対して心の準備をしていても
    それは無意味だという言葉よ。
    人は良い意味で無責任でいることが大切ね。
    そう思うことで、どんなに苦しい状況でも楽な気持ちを携えることができる。
    用心していても、怖がっていてもしょうがないよね。

    お兄ちゃん、運命って言葉を使わなかったね。
    何か意味があるのかな?
    運命は自分で引き寄せることもできるし
    運命によって押し出されることもあるね。
    人知ではどうにもできない運命に決断を下せるのも人間なんだね。

    お兄ちゃんの言葉は
    いつも、あらゆる方面から大切なことを教えてくれる。
    とても感謝しています。
    ありがとう^^

    1. fuuちゃん、コメントありがとう。

      心も体も辛いって時、あるよね。
      あとは全体とのバランスの問題。
      全体の調和を考えると個が犠牲になる時もあるし、
      個を大切にしようとすると全体に悪い影響を与えるときもある。

      私がその会社を辞めると決めたときは、3ヶ月間の引き継ぎ期間があったので、
      その時に全力を尽くして、立つ鳥あとを濁さず状態を作り上げたよ。

      fuuちゃんのコメントにも書いてあったけど、
      ちょうどその時は、私としても仕事上の目の前の問題と真剣に向き合って、
      その使命を果たしたという感覚があったから、そこから飛び立っていこうと思ったっていうのもあるよ。

      fuuちゃんにとって今大きなターニングポイントに立ってるんだね。
      結果としてfuuちゃんが選択し、決断した内容が、fuuちゃんにとっての最良のことだと思うよ。
      だから、意識が目の前に集中しているということは、とっても大事なことだと思う。

      そういえば、運命って言葉は今回は使ってないけど、
      後になって、「運命だったんだな」って感じることはよくあるよ。
      ただ、何も考えないで、何もしないで、「こうなったのは運命だった」とは言いたくないよね。

      悩みに悩んで、身もだえしながら選択し、決断するということは、
      どんな結果になろうとも、その運命を受け入れていくということだから、
      ある意味、自分でその運命をたぐり寄せてるようなものだよね。

      fuuちゃん、いつもありがとう!
      私にとっても、また素晴らしい勉強になりました。

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