コミュニケーション:期待を明確にする

先月の末、関東地方で春一番が吹いた後、また真冬に後戻り。
雪やみぞれが降ったり、そうかと思えば、快晴で花粉が飛びまくり。

三寒四温のこの季節が一番嫌いという人、けっこう多いですよね。

体調を崩さず、なんとかゴールデンウィークまで一気に乗り切りたいものです。

今日のタイトルは、「コミュニケーション:期待を明確にする」

突然、超個人的な話になりますが、レストランの店長をやっていた頃ほど、チーム内コミュニケーションの必要性を感じたことはありませんでした。

大きめのレストランになると、お客様と直接接するホールスタッフと、上がってきた料理を盛りつけたり料理の配膳具合を管理するデシャップ、そして料理人、洗い場と、役割が明確に別れています。
ところが小さめのレストランは、当然の如く一人何役もこなさなければなりません。

ホールスタッフがデシャップを兼ねるのは当たり前。
時間帯によっては、洗い場が詰まってお皿が足らなくなってしまい、大騒ぎ。
店長やホールスタッフまで皿洗いに入らなければならなくなります。

忙しくなってくると、もうひっちゃかめっちゃかです。

私が赴任したところは、大きなチェーン店ではなかったので、当然マニュアルなんかありません。

ランチタイムなど、お客様が一気に押し寄せてホールにスタッフが集中し、デシャップに人がいなくなります。
そうこうしているうちに、熱いうちに持っていくべき料理がたまってきます。
こんどはこだわりをもった料理人たちが怒り出すのです。

だいたい、厨房の方が年上なので、ホールスタッフはいつも料理人に怒鳴られっぱなし。
若いアルバイトの女の子なんかは、その場でしゃがみ込んで泣き出す始末。

店長就任当時、「何だろうこの雑然とした忙しさは!」と思いました。
よく見ると、全体を見る司令塔となる人が不在だったのです。

もともと前任の店長は、他の部門も兼任する部長さんだったので、ほとんど現場にいなかったということが原因だということは一目瞭然でした。
それぞれが期待し合いながらも、役割が明確になってない状態で、チームとしてはバラバラだったのです。

ここで、『7つの習慣』から思い当たる部分を引用してみます。

仕事の内容を決めるのは誰の責任なのかといった基本的な問題について、あなたの上司とが違う考えを持っているとすれば、どういうことになるだろうか。

「いつになったら仕事の内容を考えてもらえるのですか」と、あなたは問いかける。
「私の方こそ、君が案を持ってくるのをずっと待っているんだよ。その内容について話し合いたいと思っていたところだ。と、上司が応える。「仕事は決めていただけるものだと思っていたんですが……」
「それは私の役割じゃないよ。覚えてないかな。採用の面接で話したじゃないか。君の仕事をどう進めるかは、君が決めることだよ」
「それは仕事の質や成果のことだと思ってました。今もって、自分の仕事が何なのかよく分からないんです」

目標についても、期待像が明確でなければ、コミュニケーションや信頼に問題が生じる。
「言われたとおりにしました。これがその報告書です」「報告書を提出してくれなんて言った覚えはないよ。目標は、その問題を解決することであって、それを分析して報告してもらうことではない」
「ええっ、何ですって?誰かにその解決を依頼するために、問題を把握するのがぼくの役目で後思っていました」

こうした会話を、あなたは何回経験したことがあるだろうか。
「あなたはそう言いましたよ」
「いや、そんなことは言っていない」
「そんなことないですよ。私がすべきだなんて、あなたは言わなかった」
「言ったじゃないか。はっきりと」
「そんなこと、聞いていませんよ」
「でも、そう合意したじゃないか」

 

当然のことながら、レストランの裏方は混雑時には上述のような悠長な会話はできません。
まさに戦場です。

司令塔となった私が、臨機応変に支持を出していくのですが、最初は勝手が分からないのと、私自身レストラン業務が初めてだったので、ものすごく勉強になりました。
一週間もすれば、コツもつかんだので、前もって一人ひとりの役割分担と、期待を明確にしておくようにしたのです。
そうすることによって、アルバイトや料理人たちの自覚の質が変わってきはじめました。

これは、コミュニケーション抜きには成立しないチームワーク作りです。

目的(目標)ははっきりしています。
「お客様にいかに喜んでいただくか!」
これしかありません。

そのためにはどういう仕組み作りをし、自分はそのためにどう役割をこなしていくか(何を期待されているのか)ということを一人ひとり明確にしていくのです。
これに伴って、モチベーションや感情のコントロールも向上してくるようになります。
バラバラだったチームが、一つの有機体として動き始めるには、そんなに時間はかかりませんでした。

同書から続きをもう少し。

人間関係におけるほとんどの問題は、役目と目標を取り巻くあいまいな期待、あるいはお互いの期待像の相違に端を発している。仕事で誰が何をするかという問題にせよ、部屋の掃除や誰が魚に餌を与え、誰がゴミを出すかという問題にせよ、不明瞭な期待像が、誤解、失望、信頼の引き出しに結びついていることは間違いない。ところが、日常私たちの期待は、ほとんど言わず語らずで暗黙のうちに存在している。それは明確に述べられることはないし、説明されることもない。にもかかわらず、私たちはそういう期待を持って、その状況や相手の行動を評価する。

例えば、夫婦間において、男性と女性はそれぞれ、夫と妻の役割に対する暗黙の期待を持っている。この期待についてお互いに話し合ったこともなく、また意識したことがなくても、その期待に応えることは大きな預け入れになり、それを裏切ることは大きな引き出しになる。

だからこそ新しい状況に直面したとき、最初から当事者全員の期待を机上に載せることがとても大切なのだ。人々は自分の持っている期待に照らして、相手を裁く。そして、自分の持っている期待が裏切られたと感じれば、信頼の貯えが減少することになる。自分の期待は相手にも理解され、受け入れられていると思い込むことで、多くの大変な問題をつくり出しているのである。

だからこそ、最初から期待像を明確にすることは預け入れになる。そうするには、最初は大きな時間と労力の投資が必要になるが、長期的な観点から見ると大きな時間と労力の節約になる。期待があいまいであったり共有化されていなかったりすると、人は感情的になり、単純な誤解であったとしてもそれは急速に拡大し、やがては人間関係に大きな問題を生じさせてコミュニケーションの決裂をもたらす。

期待を明確にすることは、とても勇気のいることである。なぜなら、お互いの相違点を直視し、双方が納得できる期待像を打ち出すよりも、まるで相違点がないかのような振りをし、最終的には何とかなるだろうと思い込む方が楽だからである。

 

レストランや会社組織に限らず、親子関係や夫婦関係、コミュニティなどなど、人が二人以上関連する場ができれば、必然と相手の行動やそれによって生み出される結果に対して評価をしようとします。

私も新婚当時、妻に対して、
「なぜこれをやってくれていないんだろう?」とか、
「普通だったら私に訊いてからするでしょう!」とか、、
私の価値観と尺度で相手を評価しようとして、すれ違ったことが多々ありました。
事前のコミュニケーションなしに、です。

すべてはコミュニケーション!なんですよね。

確かに、最初は大きな時間と労力の投資が必要です。
でも、それをしなかったら違った意味で、もっと大変な労力が必要になることは、体験から痛感している人も多いと思います。
そこでは強いリーダーシップを発揮しなければなりません。

リーダーシップとは、誰かの上に立って、エラそうに組織を引っ張って行くという意味ではなく、自分自身に対する主体性を発揮するということです。
※参照:「主体性を発揮する:サナギの基本フロー

自分を主体的にリードすることができてはじめて、人の前に立つことができるのです。
人と人とのコミュニケーションの前に、まずは自分の中の自分とのコミュニケーション!これが大事なんですよね。

引用文中にあるように「最終的には何とかなるだろうと思い込む方が楽」ですよね。
人に対しても、自分に対しても。

でも、成長したいなら、今をどう生き、目の前の人、組織とどう向き合っていくか!という姿勢がとても重要なはず。

とかなんとか、エラそうなことを、またまた私自身への戒めとして今回も書いてみた次第です。
今日も私自身が、勉強になりました。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


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