人生の新しいシナリオ

今朝は夜行長距離バスの中で目が覚めました。

昨晩10時前に東京を出発した高速バスは、朝7時過ぎには四国の我が家から車で20分のバス停に到着。
以前は何回か使ったことがありましたが、やはり飛行機の便利さゆえに、ここ10年ほどはご無沙汰でした。

今回は、東北関東大震災の影響や仕事の都合で、ギリギリまで飛行機の予約すら入れてなかったことで、直前の席を確保できなく、やむなく高速バスを利用したのですが、久しぶりに乗ってみると、なかなか快適な旅でした。

普通のバスは4列シートですが、3列しかなくとてもゆったり。しかも足が十分に伸ばせるほど、前後シートとの余裕もあるので、深夜0時に寝て朝5時に目が覚めるまでほぼぐっすり。

ただ、やはり振動と騒音、そして完全にフラットじゃない座席のせいで、途中何回か目が覚めました。

そんなときに、何を考えたかというと、やはり避難所生活の人たちのこと。

未だに続く余震、寒さ、食糧不足、不自由さ、先の見えない不安、、

それを考えると、こんなの比じゃないくらい大変な毎日なんだろうなと。

3.11の震災から今日で2週間。
避難民のようにてくてく5時間近くかけて歩いて帰ったのが昨日のようです。
この2週間で様々なことを考えました。

車や家がおもちゃのように津波に押し流されていく光景を見ながら、人生観や価値観すら大きく変わった人も多いことでしょう。

本当に大切なものはなんだろう?と。

人生には大きな節目、小さな節目、色々ありますが、今回は強制的に国家規模というか、世界規模で大きな節目が与えられたような気がします。

節目というのは、「成長:節目に総括してみる」で以前も書きましたが、

・自分は今までこのように生きてきたけど、これでいいのだろうか?
・目標や価値観に対して、自分はどの位置にいるのか?
・目標や価値観自体を修正しなければならないのではないか?

上記のようなことを自問自答してみる、良い機会です。

人生観や価値観を修正することにより、人生の目標自体が変わり、仕事や生活自体も考え直す時なのかもしれません。

どうせ人生のシナリオを書き直すならば、しっかりとした目的や目標を持って始めた方がいいに決まっています。

ここで、『7つの習慣』から引用してみます。

目的を持って始めるということは、目的地をはっきりさせてから旅立つことである。目的地を知ることで、現在地もさらによくわかるようになるし、いつも正しい方向に向かって歩み続けることができるようになる。「活動の罠」──日々の生活の忙しさに追われ、やっていることそのものに意味があるかどうかを考えないありさま──の中に自分自身を見失い、成功のはしごを昇りつめて頂上に達した時、はじめてそのはしごはかけ違いだったと気がつく人がなんと多いことだろう。非常に忙しい毎日を送りながらも、その活動自体が、実は自分の最終的な目的とは何ら関係がないという可能性が大いにあるのだ。

人は全く意味のない勝利を手にすることがよくある。成功だと思っていたことを達成したにもかかわらず、それよりもはるかに大事なことを犠牲にしてしまったことを、突然に思い知らされる。どんな職業(会社員、医者、学者、俳優、政治家、スポーツ選手、大工など)においても、収入、職業能力、あるいは地位を高めようと必死に頑張り、その成功意欲の強さのあまり、本来最も大事な事柄を見失い、取り返しのつかない過ちをおかしてしまう人が大勢いる。自分自身にとって何が本当に大切なのかが分かっていて、そのイメージを常に頭の中に植えつけ、毎日その最も大切な事柄を優先する形で自己管理をすれば、人生はなんと大きく変わっていくことだろう。もし、はしごをかけ違えていれば、一段ずつ昇るごとに間違った場所に早く辿り着くだけである。忙しいかもしれない。しかし目的を持った上で始めない限り、効果的ではないのだ。

昨晩、高速バスに乗り込むときに、当たり前のことですが、私としては目的地がはっきりしていました。

だから、「○○行き」と書かれたバスに乗り込んだわけですが、目的地があいまいなままどれかのバスに乗ってしまったら大変です。

10時間近くも不自由な座席で我慢しながら、ようやく目的地に辿り着いてみれば、想像していたところとは全く違うところだったなんてことになりかねません。

ま、行き当たりばったりの人生もまた楽し♪
と思っている人も中にはいるかもしれません。
それはそれで、そういう人生哲学なのでいいとは思います。

いずれにせよ、
今回の震災を機に、自分の人生のシナリオを書き直そうとしている人もいるかもしれません。
自分自身に選択と決断を迫っている人もいるかもしれません。

その時に重要なのは、やはり私の中のコンパス。
(参照:選択と決断と羅針盤(コンパス)

コンパスとは、「ビジョン・価値観・原則・ミッション・良心・方向性」などのこと。
(参照:時計と羅針盤(コンパス)と感情

まさにそのコンパスが真北を示す方向に向け、主体性を発揮する時。

さらに同書からもう少しだけ。

主体性は「自覚」という人間独特の性質に基づいている。しかし、主体性を向上させ、自己リーダーシップを可能にする人間の独特の性質が、ほかに二つある。それは、「想像力」と「良心」である。

「想像力」により、自分の中に秘められた潜在的な可能性を発見し、将来について考えることができる。また「良心」によって、不変の原則や自然の法則を理解し、自分自身の独自の才能や貢献する能力を意識することができる。そして、それを開発するために必要な個人的なガイドラインを打ち出すことができる。「自覚」と合わせて、この三つの性質が私たちに自らの脚本を書き直す力を与えてくれるのだ。

私たちは他人から与えられた多くの脚本を頭の中に持って生活している。そのため、自分自身の脚本を書き直す、あるいはパラダイム転換を図るプロセスが必要になる場合がある。自分の持っている非効果的な脚本や不完全なパラダイムに気がつけば、主体的にその脚本を書き直すことができる。

<中略>

自分自身の内面を見つめ、自覚を育成するにつれて、多くの人々は非効果的な脚本を持っていることに気がつく。これらの脚本が根強い習慣の源となる。多くの場合、私たちの真の価値観と全く合わないものになっていることもある。しかし、第二の習慣(目的を持って始める)は、そうした脚本を持ち続ける必要はないということを教えてくれる。私たちは、想像力を生かし、より効果的で、自分の最も深い価値観に合った、原則に沿った脚本をつくり出す能力(ちから)と責任を持っているのだ。

新しい目的地を定め、新しいシナリオで、主体的に人生を歩んでいく時、上記の「自覚」「良心」「想像力」に加え、「自由意志」が大きな力になってくれます。

良心に耳を傾けつつ、想像力をフル回転しながら、自覚を育成し、自由意志で新しい人生を創造していく。

これが、サナギ(s・a・n・a・g・i)の基本フローなのです。
主体性を発揮するということ
今回の震災は、阪神淡路大震災の時とは違って、インターネットの普及によって、感動や喜び、そして痛みまでも共有する機会が増えています。

テレビ報道だけではなく、より多くの人たちがTwitterやfacebook、Blogなどを通して、一体感を感じています。

また、様々な価値観があることにも改めて気づかされました。

さらに、エネルギーのこともいっぱい考えました。
Twitterなどでみんなで声を掛け合いながら、節電にも取り組みました。
やろうと思えばできるし、身の回りや、私の習慣自体に無駄が多いことも教えられました。

誰かが、「俺、変わらなきゃ!」ってつぶやくと、それを見ていた人たちが、「私も!」と感化されたりするわけです。

たくさんの新しい「自覚」がありました。

この史上かつてないほどの大きな節目に、改めて自分自身の人生を総括し、見つめ直し、新しいシナリオを書いてみるのも面白いかもしれません。

というか、変わるべきですね。

と、自分に言い聞かせている私が今ここにいるんですけどね。

今回も最後まで読んでくださってありがとうございます。

※付録でサナギ(s・a・n・a・g・i)の基本フローを記しておきます。


想像(Imagination)編


私自身を知ること

私自身を受け入れること

私自身を変えること


創造(Creation)編


私自身を動かすこと

私自身を生かすこと

私自身を解き放つこと


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2 thoughts on “人生の新しいシナリオ

  1. さな爺へ

    地震の前と後では、何もかもが変わってしまったと感じています。
    悲観的な悪い意味だけではなく、良い意味でも。

    わたしは、今回の震災を機に
    自分の人生のシナリオを書き直そうとしているひとりです。

    それは、こうすべきなんじゃないか、
    でも今はまだ無理だし時期ではないだろう…と
    思っていたことを
    まったなしでやらなければならないと思ったということ。

    電気や水という、今まで当たり前にあったものが、当たり前でなくなり、
    食料も不足したら、生きて行くことそのものが困難になる。

    たとえお金があっても、ものが手に入らなくなる生活になったら、
    どうするのか?

    必要最低限の定義が変わると思います。

    これまで数年をかけて、ミニマムな生き方にシフトしてきたつもりだったけれど、
    何を生活の糧にするのかといった仕事の問題も含め、
    もっとコペルニクス的な展開をしていかなければ…と考えています。

    ただ、自分の本質の部分は大きくは変われないし、
    心にうそをつけないので、
    具体的にどこで折り合いをつけるのかについて
    自分なりの結論を出すには、もう少し時間がかかりそうです。

    共に同じ時代を生きる仲間として、
    さな爺、一緒に考えてね。

    よろしくお願いします。

    追伸/わたしの仲良しくんが、さな爺のブログ絶賛していました。
       とても、わかりやすくて内容が濃く、尊敬に値するそうです。

    1. じゅんこさん、こんばんは。

      土から生まれ土に帰っていく人間が土の震えに怯え、
      生命の源(みなもと:水な元)である水の急襲に震撼し、
      空気中の見えない物質に萎縮している今回の震災。

      今更ながらに、自然に対する考え方が正され、
      電気やガソリンなどのエネルギーに対する視点が正されざるを得ない出来事でした。

      当たり前のことが当たり前でなくなり、大切なこと、本質的なことほど目に見えないところにあるということを痛感しました。

      しかもタイミング的に、
      Twitterやfacebookなどでつながった人たちとの絆もクローズアップされたことも事実です。

      ほんの数年前までの、こうあるべき、こうでなきゃダメ、みたいな価値観がガラガラと崩れ去っていく、そんな気さえします。

      あとは、自分の軸をどこに置くか?!
      ということが重要になってくるんですよね。

      仕事にしても、プライベートにしても、しっかりとした軸を中心として、新しい価値観と新しいシナリオの上に展開していきたいなと思う今日この頃。

      この時に生まれ合わせ、そして出会って行く私たちは、少なからずも、それぞれがそれぞれに与える影響からしても、ご縁を感じずにはいられません。

      私にとっても大きな節目(ターニングポイント)と感じています。

      こちらこそ、よろしくお願いします。

      お友達にこのブログを紹介して下さって、ありがとうございます。
      とても励みになります。

      みんなで力を合わせて乗り越えていきたいですね。

      今回も、深いコメントありがとうございました。

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