脳の話:逃走か闘争か?!はたまた

梅雨入りして間もない曇天の東京。
湿気がまとわりつく季節。
こんな時は、四国の山の中を歩き回りたい気分。
雨露に濡れた木々や草花から発せられる大自然の匂いと生命力を感じながら。。

日本は、東南アジアなどの国と違って、雨季乾季という表現はないけれど、この梅雨の1ヶ月は雨期みたいなものでしょうね。

稲作を続けてきた日本人にとって、田植え直後のこの雨期は、秋の実りを刈り取るにはとても大切な時期。

ここで雨が降らないと、稲刈り前の台風にもイチコロにやられてしまうほど弱々しい茎になってしまうのです。

人生にも雨期みたいな時がありますよね、幾度となく。
でもそれは人生総じて観れば、とっても重要な時期。

それを受容し、消化し、栄養にしながら人生を豊かなものにできたらなと。

なんて調子のいいことを言っておりますが、
GW以降ちょっと体調を崩して、だらけていた自分。。

そんな自分に喝を入れるためにも、久々にブログを更新しようと思い立ちました。

今回のテーマは脳の話。

まずは最近また読み返してみた書籍から引用してみたいと思います。

以下、ロバート・マウラー著『脳が教える!1つの習慣』より。

人は変化を恐れる。
それが一見、取るに足らない変化(たとえば、はじめてのバーに行く)であっても、人生を変えるほどの変化(たとえば、子供を産む)であっても、この事実は避けられない。
変化に対する恐怖は、脳の生理機能にその根をもつ。恐怖が定着すると、創造や変化、ひいては成功を邪魔することさえある。

 

このブログのサブタイトルは、「人生、イモムシのままでは終わらない!」

人は現状に甘んじながら生きていながらも、向上心や欲望、あるいは脱出したいという意識がはたらきます。

「自分は何がしたいのか?」
「自分の居場所はここではない」
「もっと別の世界があるはず」
「今のままではいけない」

などと哲学しながら、変わろうとします。
それこそが、人にとっての「成長」であり、文明を築き上げてきた人類の人類たるゆえんです。
他の動物との違いはここにあります。

しかし、その「変わろう」という意識を邪魔する何かが自分の中にあるのも確かです。

変わろうとするときに感じる恐怖心のようなものがあるのです。

そこには脳の仕組みがはたらいていたのです。

もう少し同書から引用してみます。

変化を起こしたいのに行き詰まっているというとき、たいてい大脳辺縁系がそれを台無しにしている。

大脳辺縁系には、生き残りの鍵を握る扁桃体と呼ばれるものがある。扁桃体は、闘争・逃走反応をコントロールする、いわばすべての哺乳類に共通の警報装置だ。差し迫った危機に対して行動を起こすよう、身体の一部に警報を出す。すると闘う、あるいは逃げるための身体の能力を妨げる他の機能をストップさせることがある。たとえば理性的・創造的思考を低下もしくは停止させてしまうのだ。
闘争・逃走反応には大きな意味がある。もしライオンが突進してきたら、脳はじっくり問題に取り組むことで時間を無駄にしたりはしない。こんなとき脳は、それほど重要ではない機能──たとえば消化、性的衝動、思考──をあっさりと停止させ、ただちに身体を動かそうとする。

<中略>

今日、扁桃体とその闘争・逃走反応がもたらす現実的な問題は何かというと、私たちが安全な日常から脱却しようとするたびに、警報ベルを鳴らしてしまうことだ。
脳は、新たな挑戦、チャンス、欲望によって、ある程度の恐怖心が起こるようにできている。その挑戦が転職であろうと、初対面の人に会うことであろうと、扁桃体は身体の一部に対し、「動きにそなえろ!」と警報を出す──そして、脳の思考部分である大脳新皮質へのアクセスを制限し、時には停止させてしまう。

 

引用文に出てきた扁桃体は、外部からの刺激に反応し、快・不快・恐怖などの感情を起こす部位で、その扁桃体に隣接する海馬に記憶の中枢があり、生まれてから今まで体験し学習した記憶が貯蔵されています。

感情を伴う記憶が特に留まりやすいといわれるのは、ここにその仕組みがあるのです。

成功体験も失敗体験も、その時の感情と共にみなこの仕組みによって記憶されているというわけです。


人は変わろうとするときに、速く、大きく、派手な変化を求めようとします。
これが「革新」です。
劇的な変化を求め、すぐにでも結果がほしいと願いがちです。

ダイエットなどの宣伝を見てみても、

「1ヶ月で10kgの減量に成功!」
「あなたも3週間でパーフェクトボディをゲット!」

などの文字が躍ります。

現状に不満を持ち、いわゆる「革新」的に変化を求めがちですが、それに突き進もうとすると、大きな壁が存在するときがあります。
それが恐怖です。

「自分にはできっこない」
「やっぱり無理だ」

実際にダイエットや禁煙などの自分改造が失敗に終わってしまうと、その「失敗」が、脳の仕組みによって記憶され、次回再チャレンジするときにさらに大きな壁(恐怖)となって立ちはだかります。
もちろん、劇的革新で成功することもあります。
しかし、たいていの場合は、長続きしなかったり、大きなリバウンドを引き起こす原因になる可能性もはらみます。

また、自己の体験からだけではなく、親や周辺の人からすり込まれた思い込みも同じです。

「おまえにできるわけないじゃないか」
「そんなバカなことは止めなさい」
「どうせ失敗するに決まってる」

問題は、

その恐怖に立ち向かって泣きべそかきながらでも闘うのか、
あるいはその恐怖に背を向けてすたこらさっさと逃げるのか、、
はたまた他に道があるのか?

ということです。

この、恐怖に対する闘争・逃走反応は、脳のしくみだということがよくわかりました。

地を這うイモムシから、大空を自由に飛び回るチョウに変身するのはとてつもなく大きな革新です。
私たちも、チョウのように羽ばたけたらどんなに素敵な世界が広がるでしょうか。

ただ、私たち人間が、ある時期サナギになって、チョウのように羽が生えてくるわけではありません。
つまり、劇的な変化(革新)には期待しない。
こう決めることです。

目の前にそびえ立つ崖をロッククライミングのように越えていくのは大変ですが、最初の一歩が階段の小さなステップなら話は違います。

日々のライフスタイルを本当に変えていきたいなら、習慣を一つずつ改善(カイゼン)していくということが一番の近道だということなのです。

はじめの一歩は、取るに足らない小さな小さな数cmのカイゼンかもしれません。
でもそのはじめの一歩が小さいことにより、脳の仕組みである闘争・逃走反応が機能しないので恐怖感なくスルーしていけるのです。


・脱いだ服をベッドにそのまま置くのではなく、ハンガーに掛ける。

・エスカレーターを使わず、階段にする。

・電車の中でスマフォをいじるのではなく、読書をすることにする。

・会話の最後にありがとうの言葉を添える。

などなど。


ある日突然の大きな革新ではなく、日々の小さな改善で習慣を変えていく。

でも、日々の小さな改善による習慣の変化で、あるとき、ふと来た道を振り返ってみれば、とても革新的な変化だということに気づくはずです。

まずは小さな一歩。


・5年後に家を建てるために私ができる小さな一歩はなんだろう。

・英語をマスターするために私ができる小さな一歩はなんだろう。

・部屋を片付けるために私ができる小さな一歩はなんだろう。

・健康になるために私ができる小さな一歩はなんだろう。

・人間関係をよくするために私ができる小さな一歩はなんだろう。


このような質問を投げかけ、答えを出しながら、その一歩を踏み出し改善していく。

これが闘争でもなく逃走でもない新しい習慣の造り方。

この質問自体を習慣化することが大事。

ローマは一日にしてならず。

習慣は一日にしてならず。

そんな感じです。

ここで、このブログでよく紹介するガンジーの言葉をまたまた引用します。

思考のすごい力

信念が変われば、思考も変わる
思考が変われば、言葉も変わる
言葉が変われば、行動も変わる
行動が変われば、習慣も変わる
習慣が変われば、人格も変わる
人格が変われば、運命も変わる

 

世界でも通用する「カイゼン」という言葉。
これを日々の生活習慣の中に取り入れちゃいましょう。

春先から続いていた原因不明の咳も止まり、1ヶ月ほど苦しんだ腰痛も治まりました。

ちょっとだらけて、階段の踊り場でうだうだしていたこの1ヶ月ほどですが、これから梅雨を越え、暑い夏に突入するにあたり、小さな一歩をまた歩み出した今日このごろ。

なんだかんだ言いながらも、10年前の自分に比べれば健康面でも社会面でも大きな変化をとげた自分を褒めてやりながら、また前方斜め上を向いて歩んで行こうと考えている次第です。

今回も最後まで読んでくださりありがとうございます。


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